旅の歌 3
日本の風物を詠むのとほとんど変りなく外国の風景や生活を歌にとりこんで、しかも旅の心の息づきは切々としています。
海外旅行詠となると多くは感情の稀薄な囑目詠になりがちな短歌が、茂吉の手になると、西欧の風物や生活に対しても立派に大手をふってまかり通っているという感じです。
こういう点を見ると遙空の旅のとらえ方には深い感覚をよび起す知的営為があり、茂吉のとらえ方にはより感覚的でいちずな仔情の凝縮があると言えるようです。
・・・いずれにしてもこの両人によって、短歌は新しい旅の歌の姿を近代において持ち得たのだといえるでしょう。
短歌の中にひそむ日本人の心の生命力は、わたしたちの予想以上に強く久しいのです。
交通網の充実万葉集巻十八に次の歌があって、奈良朝時代の旅を考え、旅の歌を考える揚合の、かっこうな手がかりを与えてくれます。
射水郡の駅館の屋の柱に題し著けたる歌一首
朝びらき入江こぐなるかぢの音のつばらつばらに吾家し思ほゆ (巻十八)
・・・上の一首は、山上臣作れり。名を審らかにせず。或は、億良大夫の男なりといへり。但、その正名は。毒らかならず。
一首の意味は、
「夜明けのくらやみを、押し開くようにして入江を漕ぎ出してゆく舟の櫓の音がはっきりと聞こえてくる。
そのように、なぜかはっきりと奈良のわが家が思い浮かぶことだ」
・・・というくらいに解されます。