壁の上塗 2
眼を転じて東大寺造営に関する天平宝字2(758)年3月17日付の画師名簿によると・・・
1.塗白土弐人「塗白土須理板四百枚」
あるいは、
2.塗白土緑青同黄画師
・・・等として、明らかに画師と目される人の名をつづけて挙げています。
これによれば白土が画師によって塗られており、特に2.において「緑青」と並記しているところを見れば、白土塗は画師にとって必ずしも特別な技術ではなく、画師一般の工程に加えられていたことが明白です。
もっともこの場合は1.で明らかなように土壁の上に塗られたのではなく、板の上に彩色するためのカンバスとして塗られたものです。
しかし遣鉋を中心とする当時の製材技術では、いかにていねいにすり合せたところで今日の台鉋によるほどの平滑度は得難く、相当な凹凸が残ってくるはずです。
この時代にはまだ外壁リフォーム技術は存在していませんからね。
この程度の表面精度であれば、土壁の中塗仕舞でも充分に得ることができるでしょう。
・・・つまり、当時、画師による板面への白土垂が可能であれば、同じ職種による中塗面への施工も当然に可能であったはずです。
ここで想起されるのは、法隆寺五重塔初重内壁の壁画下地壁の仕様でしょう。